トップページ　＞　神明院のいま

それはあなたに相応しいですか

　前号「神明通信」の拙稿には、大変励みになる反響を賜りました。木にも登れない私ですが、図に乗って気儘に書き進めてみる次第です。

　お務めを果たしている身としてよく訊かれるのが「質素な生活なんですよね？」といった質問です。結論として、質素（地味）ありきの生活を心がけている訳ではありません。確かな品質を持つ製品を選択すること、得難い体験のためにコストをかけることは、一個人の裁量において実践しています。平たく言えばおそらくごく普通の感覚で、旅行も買い物もプロ野球観戦もします。どういうわけか贔屓のプロ野球チームは確かに成績がなかなか質素で、より得難い体験を得たいところではありますが。

　ただ高額なもの、大変な付加価値を有する製品に購買意欲が湧くかとなれば、おサイフ的に難しい以前にあまり心が動かないというのも正直なところです。この点、自分の中では明確なラインがあり、それはその製品によって私自身の価値が過剰に変わってしまうか否かです。私自身の価値が余計に高まってしまうのであれば、それはセンスの丸投げであり、私の埋没です。より単純に言うと、世界のセレブが身にまとうようなハイブランド品を私程度の人間が身につけたとして、そこに居る人は私ではなくハイブランドを貼り付けられた人間でしかないのです。これは面白い話ではありません。ただ世の中にはハイブランドに見合う活躍をされている方もたくさん居り、種々の傑作もそういった方に着こなされてこそ幸せなことでしょう。一方で製品としてすぐれている、その性能が私自身の活動を高めてくれると感じられたならば、私にとってそれは（購入できる限りにおいて）必要なものになります。

　多様な価値観が交錯する昨今とはいえ、「質素」あるいは「ブランド」という、ある意味で極端な素養を持つものが目立つのはやむを得ないことです。　加えておそらくは伝統的に、仏教寺院には「質素」側を重んじてきた印象があり、冒頭のような質問になるのでしょう。これは何も仏教に限ったことではないのだと思いますが、辿り着くべきは質素でもブランドでもなく「相応しいか」であるはずです。華美さはそこまで必要ではない、との判断のもと、質素に振ることは必ずしも間違いではありません。一方でドレスコードが設定されている場でそれに触れるようなタイプの服は、主体や環境の価値を損ない得るという観点から、よりコストをかけることが求められます。いずれにせよその基準は私自身、あなた自身、その人自身の、決してゼロではない価値が適切に反映されているかにあるわけです。

　さて、昨今、コストをかける典型的な場として思い浮かぶ結婚式や葬儀式の執行件数が減っているとのニュースをよく目にします。コロナ禍という難しい横やりも加わり、その漸減ぶりは私もどことなく体感できるところです。しかしこの時代のうねりが、至極当たり前ながらゼロではない、それどころか掛け替えのない価値を持つ当事者達にとって果たして相応しいものであるのか、老婆心ながら心配になるところでもあります。確かに祝い方、弔い方、節目の迎え方も多様化しているのだ、という理解はできます。あるいは必要以上に華美に行わないのだ、という発想も納得です。しかし稀に、慶弔事に何の価値も感じない（から行なわないのだ）、という主張が大手を振ってなされることがあり、私からすればそれは自らに、あるいは対象となった者に当然具わっている掛け替えのない価値を実は認識できていないですよと言ってのけたに等しいので、当人はもとより周囲の人々の心模様が気になってしまいます。それは本当に相応しいのでしょうか。

　とはいえ、このような状況もありつつ、それでも自らの、周囲の価値を認識し、節目を迎えるに際して当院を選んでくださった皆様すべてには、感謝の念でいっぱいです。私も改めて、私自身の至らなさを謙虚に感じ取りながら、ゆくゆくは横浜スタジアムのシーズンシート（外野席）を購入できる人間に成長できればと思います。

（仁孝）